アヒルのイヌかき
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地震の兵器 投稿者:meguri.bannba 投稿日:2008/10/02(Thu) 00:23 No.228  
ji地震を、起こす、兵器は、アメリカ。ソ連でできていて、もう、使われています。台風を、起こす兵器は、40年前にできて、新聞に、載っていたが、何故か、そのご、消されていた、アメリカと、ソ連は、条約を、結び、地震を、起こす兵器を、使わない約束を、しているが、つかわれている。


当たり前のことが至難の訳は? 投稿者:木の葉 投稿日:2008/08/05(Tue) 02:13 No.227  
当たり前の道理がとおらない。道理より、ソロバンの事情・利権の事情が優先する。恐らく個人レベルから国家レベルまでそんな事、枚挙にいとまがない。国あいての問題ほど時間がかかるに於いて日本は特に顕著な国家だろう。 チッソ水俣訴訟は50年の歳月を費やし、しかも結果は被害者の納得のいくような解決では決してなかった。今、マスコミに日々、取り上げられている拉致問題も30年が経過している。なんで、明白な単純な解りきった事にこんなにも時間がかかるのだ。誰の都合でこんなに時を被害者は耐えなければならないのか。子供の世界なら、すぐに解決できそうな事が大人の世界では気が遠くなるくらい、殆ど進展しないのだ。 

地球生態系が存亡の危機にあり、まさに地球タイタニック号という状況下なのに、洞爺湖サミットでも国家間の駆け引きが優先され一向に舵取りが出来ない。沈みかけている船の中で、何が自国の経済だろう。狂気の沙汰としか見えないが、いかにも、まことしやかに賢そうに振舞っている首脳陣達。太宰治の 「この世はきちがいがしくんだ運動会だ」 が真さに現実のようだ。 

クリーンエネルギーがとっくの昔に可能なのに、誰の事情でこんな危険な原発や、CO2排出火力エネルギーが続くのだ。必要でもないものを、売らんが為に作り続け地球を毒とゴミだらけにしてGDPだのGNPの数値に一喜一憂している。政治の目標と国民の希望も馬鹿の一つ覚えのように、‘経済成長率をあげる事’が第一目標だ。  不思議な世の中だ。

アメリカの価値観が世界に広がり、資本主義の価値観でしか人生を認識できない。この世界電車から飛び降り生きるには相当な強さと能力と信念が必要だ。結果、降りる勇気もなく走り行く電車の行き先も見えぬまま、集団安心という幻想にすがるしかない。

地震予知・地震雲のHP,ブログは数百あるようだ。地震と雲の相関を理屈ではなく現象で関係あると認識している人も相当数いると思う。日本に於ける地震雲研究も、椋平幸吉氏という戦前の先達からの歴史がある。しかし、いまだ公からは否定され続けている。

公が認めないという事は公的予算がつかないという事だ。従って1000年、雲の観測をしても、科学の場で認めさせる事は不可能であろう。予算の無い中で、とうてい検証できるものではない。東大地震研はこれまでに数千億という税金を使ってきた。その結果は地震の予知は出来ないという結論だ。

単純に思う。何故、東大地震研に行く予算の10%でも、予知可能としている宏観現象へ、地震予知予算として組めないのだろうか。子供の世界なら 「やってみようよ」 となるだろう。
こんな当たり前の事が大人の世界では絶対おきないのだ。

地震雲関連のHP,掲示板を見て思う。この人たちは(私も含め)、地震雲が出た・イオン濃度が変化した・月が赤い・ラジオノイズがetc、これを100年継続して結果が何だろう。同じ踊り場で堂々巡りが何になるのだろう。
オーケストラに例えれば、曲ではなく雑音でしかない。もったいない事だ。鳴り響いている個々の楽器がまとまって奏でる時、はじめて音楽になる。データも集計され、解析され、はじめて科学となる。
それには人員がいる、ランニングコストがかかる。とても個人レベルで地震予知など出来るものではないだろう。

不思議に思うのは、地震雲に関心を寄せている多くの人が、≪何故、国は、宏観現象予知に予算を付けないのか≫という疑問を持たないのだろうかという事である。 国が認めないなら、世論で変えるしかないと思うのだが、その気運が全然上がってこない。 大方の人が趣味のような視点で観測しているのだろうか。    よくわからない事だらけの毎日が過ぎて行く。



気になる事 投稿者:いっくん 投稿日:2008/04/20(Sun) 23:12 No.226  
(その1)共稼ぎ夫婦で、ほぼ私が食事の支度を(主夫)をしています。ということで、時々スーパーへ買い物に行くのですが、どうも気になることがあります。「さて、この品物買うか買わないか」と、品物の前で考えていると、いつのまにか隣りにおばちゃんが(おばちゃんというと怒られるかな?)いて、同じ品物を見ている。私の横からわざわざその品物に手を伸ばしてくる。思わず後ずさりすると、品物をポンと置いて行ってしまう。こんな事が時々あります。「感じわりい(悪い)な〜」
(その2)スーパーの駐車場では、なるべく他車が無い少し離れた所へ駐車します。隣りに他車があると、乗り降りしにくいし、ドアをぶつけたり、ぶつけたれたりしやすいからです。ところが、用事を済ませて帰ってくると、ポツンと置いた私の車の隣りにわざわざピタリとひっ付けて置く車が時々あります。「考えられね〜」
(その3)最近、年のせいか疲れがなかなか抜けない。ということで、時々日帰り温泉に出かける。ウイークデーは、休憩所は閑散としている。そこで、他の人から離れた場所でのんびりと横になる。ところが、おばさんが近づいて来て、すぐそばに座る。そして、持ち込み禁止の食べ物をスーパーバックからガサゴソ・ガサゴソと取り出す。私の眠気がトロ・トロとくる毎に、ガサゴソ・ガサゴソと。至近距離で・・・・「いいかげんに・せい」
こんなめにあって、腹をたてたあと、「私って、なんて小さな人間だろうかと少し落ち込む」



京山幸枝若 投稿者:蟹の爪 投稿日:2008/04/08(Tue) 22:54 No.209  
今日から桜吹雪が始まった、ものの哀れをさそう。桜と同じ頃に椿も咲き始めるが椿は花全体が落ちる、いわゆる首から落ちるというもの。ひらひら舞い散る桜の下で浪曲を聞く最初はやはり千人坊主がいい、五寸四角の板のなかに左甚五郎が千人坊主の彫刻を彫る話である、ところが甚五郎には最後の一人がどうしても浮かばないーーーここから最後までのクライマックスが何度聞いても飽きることがない。次は河内音頭にのせて六代目横綱をきく、能登の七尾の漁師のせがれ長吉が一日七升の大飯を食うので、相撲部屋を追い出される話である。長吉はいまさら国へも帰れずーーー力なく歩いていたらポトリとかかったひとしずく、雨かとみれば松の露、またもやポトリとひとしずく、露かと思えばわが涙、道は露やら涙やら、心細道とぼとぼと、力なくなく長吉がーーー。軽快な河内音頭にのせて京山節がうなる、桜吹雪もとまらない至福のひとときコーヒーもうまい。


高齢化社会、病気の花ざかり 投稿者:蟹の爪 投稿日:2008/04/06(Sun) 22:32 No.208  
、平日の午後買い物に行ったら喫茶店で一休みする、お客はほとんど中高年以上が多い、話していることは病気のことか嫁の悪口か近所の噂話か。最近は喫茶店を変えて若いお兄ちゃんがやっている店に行く、来ているお客もヤングミセスが多いさすが病気の話はしていない。はんりょうが定年で家にいる日課のように病院通いをしている、あっちの検査こっちの検査とまめに通うご飯どきには検査や病気の話ばっかり、ああうんざり。3月は3日続けて親戚のお年寄りを見舞った、家に帰ってきたら少々気が滅入っている、明日は我が身か。5日近くの川に花見に行った桜の下で気持ちよくお弁当を食べていたら、70代とおもえるおばあちゃんのグループが来た、来年も見れるといいわね、ほんとにねえ、来年まで元気でいましょうね、おばあちゃんたちはそれから又病気の話になった。私は場所を移動した。


気象のように 投稿者:M 投稿日:2008/03/12(Wed) 11:50 No.160  
防災科学技術研究所 Hi-netの震源マップをみると、無感地震を含んだ、M2〜3クラスの地震は毎日、優に40回を越えて発生している。昨年ノートに記した、気象庁地震情報による日本列島の一年間のM4以上の地震もほぼ毎日1回はある。 地震という概念は特別な一回性ではなく、日常的な連続性である事をそこに感じる。 雨が降り、風が吹き、霧が巻き、虹がでる、雲が湧く、という極めて日常的な現象。 地震もそれらの現象となんら特別に変わってはいない。

気象変化は命持つ地球の呼吸であり、そこに命を繋ぐものへのメッセージでもある。

佐々木地震論によると、地震と気象は同根という捉え方だ。気象のリズムを、佐々木地震論で追ってみる。  (太陽からの磁気エネルギーが地球に供給される→マグネティックスポットから雲が生まれる→雨が降る→やがて地殻に磁気エネルギーが満ち→緊張状態になる→晴天→少し大きめの地震の発生→地殻が緩み→再び空には雲が現われる→雨が降る・・・)大枠、こんな循環のリズムで捉えると、気象変化の振りだしは実は地震から始まっているのだろうかと考えるこの頃である。

それらの気象現象が大きなうねりとなり、爆発するエネルギーとなるとき、私達の日常が非日常になるが、それは年に幾度かのものだ。 母なるガイアは時に試練を与える。現代の人間社会のありかたを、考えさせるものだ。

文明が生み出している二次災害なら回避できる。それらは人間がつくりあげたものだから。文明に依存する事ばかりでなく、ガイアの呼吸を理解し、我々の身の回りから危険を消去することがずっと大事なことだ。自然の要塞を利便性重視で破壊し続けてきた結果の二次災害が大きい。 先月24日の富山県入善町の高波(寄りまわり波)被害は波の破壊力を緩和する浜がなくなっている分、被害が大きくなっている。ダム建設で、砂が運ばれてこない結果だ。 地震列島に何故、原子炉をつくるのか。生命を育み、守る生態系を何故、開発・金儲けの‘いけにえ’にするのか。小賢しい人間の智慧など、宇宙の真理のなかでは毒以外のなにものでもない。

自然に抗うのではなく、理解し、認識し、どう在るべきなのか深い智慧が問われている。



つながり 投稿者:木の葉 投稿日:2007/11/03(Sat) 11:06 No.25  
台風シーズンが去り、空気もひんやりしてきた。台風9号の置き土産、各地に流木被害が出た。東京湾にたどり着いたおびただしい杉の流木、江戸川を遡り、利根川を遡ると流木の故郷にたどり着く。群馬県南牧村−かつて杉4〜5本で1ヵ月暮らせた時代、国の補助金で杉を植えた。日本の山に杉の人工林が広がっていった。原生林を伐って植えていったのだ。広葉樹の根は深く張るが杉のような針葉樹は根の張りは浅い。従って台風の威力には抗し難く、無残になぎ倒され濁流とともに、洪水の更なる被害拡大となった。−山はいろんな木があるのが良い−と聞いたことがある。人間の目先のそろばん勘定は将来必ず、リベンジがくる。不自然な人工林は1960年の木材輸入解禁と共に加速度的に荒れ、人の手入れのない中、<緑の砂漠>となっている。こんな現象は山に限らず、日本のあちこちにある。1本の道路が開く、こぞってビルが出来る、商いをする。別のルートに道路が出来る。裏街道となった道路沿いは廃虚コンクリートビルとなり、幾年もガランと放置されている。月見草の美しい群生は再び蘇る事はない。こうして、美しく賢い自然の調和は、目先の欲かき人間獣にメチャクチャに破壊されてゆく。
そのソロバン破壊はいまや、「田んぼ」にまで及ぼうとしている。「田んぼ」は自然ではないが、日本の津々浦々まである次なる自然だ。人が人らしく見える営みの最後の日本の風景であり、砦だ。中山間地の棚田を見ると、なんともなつかしくホッとする。この風景が消え行く時、この国は滅びゆくのだろう。杜甫の−春望−に、 国破れて山河あり・・とあるが、田んぼ消えて国滅ぶ−の日本の状況だ。
政府は800億の用意を考えているようだが(備蓄米として)、先の希望に繋がる政策ではない。・後継者がいない ・下がり続ける米の消費と米価 ・そこまで来ている米の自由化 課題は多く難問である。しかし農業は他の経済活動とは明確に違う。それは緑の貯水池という防災を担い、日本の精神文化を伝承するものであり、なによりグローバル経済の大波小波を泳がなければならない今日、自国の食料自給率39l(先進国最下位)で泳げる訳が無い。車は食べられないのだ。経団連の犠牲にしてはいけないのだ。
一度荒れた田を再び戻す事は至難だ。なんとか「田んぼ」を存亡の危機から守りたい。地域で智慧を出し、真剣に取り組み、頑張り、成果が現われ夢につないでいるところもある。「田んぼ」の存亡を懸けた取り組みは、国より地域のほうが優れている。大切なのは「田んぼ」に対する認識だ。



どうなる 投稿者:お米大好き 投稿日:2007/10/15(Mon) 09:13 No.21  
NHKスペシャル −ライスショック あなたの主食は誰が作る−(二夜連続)
第一回 世界がコシヒカリを作り始めた(昨晩見て心配になりました。)
第二回 危機に立つコメ産地 本日午後10:00〜10:49まで(総合)

いまや先進国最低の食料自給率、日本の農家とおいしいお米はどうなる。
危機的状況です。
稲作文化はまさに日本の文化・風景の根源、とても心配です。




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